研究
高分子機能科学研究室(中野研)の研究を紹介します。私達は、高度に構造制御された高分子(らせん高分子、p-スタック型高分子など)および超分子の合成および機能について研究しています。これまで主に、発光機能、非線形光学機能、導電性等の機能を発現する物質を中心に研究してきましたが、これらに加えて高分子触媒の研究も始めました。
1.p-スタック型高分子
1-1 合成、構造設計
p電子系が規則正しく積層した構造を有する高分子を「p-スタック型高分子」と呼びます。DNAは天然のp-
スタック型高分子であり、塩基対が長距離にわたって積層した構造を持ちます。p-スタック型高
分子には、積層したp電子系に基づく「導電性(電荷輸送特性)」と「エネルギー移動特性(アン
テナ機能)」が期待されます。しかし、天然に産出するDNAは、材料としては弱くて使いにくいため、これらの機能を担う材料としての開発は困難でした。
私達は、材料としての応用が可能なp-スタック型高分子を目指して、高分子の中でもっとも汎用
性が高いビニルポリマーのp-スタック型制御を行いました。そして、ジベンゾフルベン
(DBF)モノマーの重合反応により、完全に構造制御されたp-スタック型ビニルポリマーが得
られることを見出しました。DBFモノマーは一見非常にかさ高くて重合しそうには見えませんが、実際には、スチレンやアクリル系モノマーなどより遥かに反
応性が高く、アニオン重合、ラジカル重合、カチオン重合のいずれの方法でも簡単に高分子化し、容易にp-
スタック型高分子を与えます。当研究室では、様々なp-スタック型高分子の構造設計を行ってお
り、実用性の高い機能の発現に成功しています。
p-スタック型ビニルポリマーは当研究室で世界で
始めて合成に成功したもので、中野教授はこの発見に対して高分子学会賞(2009)を授与されています。
1-2 p-スタック型高分子の光電子機能 -レアアースを用いない有機透明導電材料 -
p-スタック型高分子に期待される機能の一つは導電性(電荷輸送特性)です。導電性は、
ノーベル賞の受賞対象となった白川博士のポリアセチレンに代表される、主鎖共役系ポリマーにより既に達成されている物性ですが、p-スタック型高分子には主鎖共役系ポリマーに対して大きなアドバンテージがあります。それは、基本的に
「無色透明である」特徴です。p-スタック型高分子には長い共役系がないため、可視光を吸収せ
ず色がついていません。これは、ほとんどの主鎖共役方ポリマーが黒色や褐色などに強く着色していることと対照的です。p-スタック型高分子は主鎖共役系ポリマーとは異なる機構で、側鎖のp電子間での効率のよい電荷の受け渡しにより導電性が発現するため、着色の原因となる長い共役系を持つ必
要が無いのです。
透明な導電性物質は、人の目に触れる場所に使われる電極材料として非常に重要です。もっともよく使われているのは、液晶ディスプレイなどのための電極で、
現在は主にITOと呼ばれるインジウムを原料とする無機物が使われています。しかし、インジウムはレアアースであり国内生産ができず、また、いずれ枯渇す
る可能性があるといわれています。また、無機材料は一般に重くて堅く、近い将来に実用化が期待される軽いフレキシブルなディスプレイデバイスには有機材料
の法が有利です。p-スタック型高分子はこの用途に適していると考えられています。私達は、最
近チオフェン環がスタックした構造を持つ新しいp-スタック型高分子(poly(MCDT))
を合成し、このポリマーが優れた無色透明性と電子物性を示すことを見出しています。
1-3 p-スタック型高分子のキラリティー
p-スタック型高分子のp電
子系が完全に、”ずれ”なく重なっていれば(face-to-face stack, H-会合的なスタック)、p-スタック型高分子はアキラルです。しかし、poly(DBF)を初めとするp-スタック型高分子の側鎖のp電子系は微妙
に”ずれて”重なっており(J-会合的なスタック)、主鎖は僅かに一方向にねじれています。したがって、p-
スタック型高分子は非常に長いピッチをもつらせん高分子と考えることができます。
この特徴を利用して、不斉重合法、分子の末端へのキラル置換基の導入、キラル物質との超分子相互作用制御、の三つ方法で一方向巻きのらせん構造を有する光
学活性なp-スタック型高分子の合成に成功しています。光学活性なp-スタック型高分子は、キラリティーと電子物性の協調によるキラル光電子機能、物質分離機能、キラリ
ティーセンサー機能などの機能を発現します。
2.円偏光発光性高分子 -3DディスプレイのためのOLED-
円偏光はキラルな光です。円偏光は、省エネルギー型の液晶ディスプレイのバックライト、および、3Dディスプレイのための光源として実用化が待たれ
ています。3Dディスプレイでは右目用の画像と左目用の画像をべつべつの信号として画面から視聴者へ伝送する必要がありますが、この目的に右円偏光と左円
偏光が使えます。円偏光方式では、現在主流のプログレッシブスキャン方式(右目用・左目用の画像を交互に映し出す方式)より視聴者の負担がプログレッシブ
スキャンより遥かに小さく、より高い立体画像の質感が得られるといわれています。
これらの事情から、円偏光発光性高分子による有機電界発光素子(OLED)の開発が待たれています。しかし、実用レベルの効率で円偏光発光する高分子は限
れられており、既知の材料では円偏光効率を高めるために厳密は分子鎖間の配列が不可欠であり、このため、高分子を高温で長時間熱アニーリングする必要があ
ります。これに対して、私達が最近合成したハイパーブランチ型(枝分かれ型)の光学活性なフルオレンビニレンポリマーは、完全にアモルファス状態でも、有
機物としては最もたかいレベルの円偏光効率を示し、アニーリング処理を一切必要としません。このポリマーの場合、従来の常識であった分子配列=高効率円偏
光ではなく、むしろアモルファス状態が円偏光効率を高めるようです。この成果は、実用性の点ですぐれているだけでなく、偏光発光と分子間構造の相関の基礎
科学的観点からも興味深いものです。
3.キラル超分子液晶
光学活性物質とアキラルな物質の2成分からなる超分子液晶についても研究しています。単独では液晶性を示さない2つの物質を分子レベルで混合するこ とにより液晶を形成します。私達は、光学活性なビナフチル残基を有するウレタン2量体(x)とビフェニルなどの剛直なアキラル化合物からの液晶形成に成功 しました。超分子液晶の先駆的な研究として1989年に発表された東大の加藤隆史教授らによる水素結合利用した例がよく知られています。これに対して、私 達が見出した超分子系では水素結合は液晶形成に関与せず、2つの物質が互いにその形を認識することにより液晶ができるようです。ウレタン2量体(BN- PD-2)とビフェニルなどからは分子がらせん状に配列したキラルスメクチック相ができます。ウレタン2量体(BN-PD-2)と添加分子を2つのモ ジュールと考え、後者を発光性など他の機能性の様々な分子に置き換えることにより、円偏光発光体などの種々の機能を発現する液晶系が構築できるのではない かと考えて研究を進めています。
4.光学活性らせん高分子の合成
らせん構造は天然の高分子によく見られる不斉構造です。私達は、種々の人工高分子に対してらせん構造制御を行う研究を行っています。らせん構造はキ ラル構造の一種であり、右巻きのらせん構造と左巻きのらせん構造は鏡像体であって、どちらか一方を選択的に合成すると光学活性高分子を得ることができま す。光学活性ならせん状高分子は、医薬品の分離機能、不斉触媒機能、非線形光学特性など、様々なキラル機能を発現する材料となり、工業的に極めて有用な物 質です。このため、幅広い化学構造を有する高分子に対するらせん構造制御は、高分子立体学の基礎的な立場から興味深いだけではなく、付加価値の高い物質創 成の観点から重要な課題です。
らせん状ビニルポリマーの不斉合成は1979年に岡本佳男教授*(大阪大学)(現在:名古屋大学・ハルビン工程大学)によって初めて行われました。
岡本教授は、有機リチウムとキラル配位子を組み合わせた開始剤を用いる「不斉アニオン重合法」により一方向巻きのらせん構造をもつポリ(メタクリル酸トリ
フェニルメチル)の合成に成功しました。このポリマーはキラル医薬品原料の分割剤としてクロマトグラフィー用途に実用化されています。
*当研究室の中野教授は大阪大学(1982-1990 学部生~大学院生)と名古屋大学(1990-1999
助手~助教授)で岡本佳男教授に師事し不斉アニオン重合法に代表される高分子の立体化学を学びました。
当研究室では、これらの背景に基づき、不斉アニオン重合法より簡便で、温和な条件での反応が可能な、不斉ラジカル重合法の開発に取り組んでいます。 アニオン重合では活性種が空気中の水に非常に敏感で厳密な条件制御が必要ですが、ラジカル重合は遥かに容易に実行でき、かつ、適用できるモノマーがアニオ ン重合より遥かに多く、らせん分子の実用的な合成に適しています。不斉ラジカル重合の一例として、光学活性なCo(II)種を用いる系を報告しています。 Co(II)は不対電子をもち、成長ラジカルと相互作用してらせん構造を制御するものと考えています。
当研究室では、これらの背景に基づき、不斉アニオン重合法より簡便で、温和な条件での反応が可能な、不斉ラジカル重合法の開発に取り組んでいます。 アニオン重合では活性種が空気中の水に非常に敏感で厳密な条件制御が必要ですが、ラジカル重合は遥かに容易に実行でき、かつ、適用できるモノマーがアニオ ン重合より遥かに多く、らせん分子の実用的な合成に適しています。不斉ラジカル重合の一例として、光学活性なCo(II)種を用いる系を報告しています。 Co(II)は不対電子をもち、成長ラジカルと相互作用してらせん構造を制御するものと考えています。
5.光学活性らせん高分子の光化学・光物理
らせん高分子は、光との相互作用により、熱や化学的な刺激では実現できない独特な挙動を示します。例えば、当研究室で合成した、一方向巻きのらせん 構造をもつポリ(アクリル酸2,7-ビス(4-t-ブチルフェニル)フルオレニル(poly(BBPFA))は、光を照射すると短時間のうちに右巻きらせ んと左巻きらせんの等量混合物に変化します(光ラセミ化, らせんの反転、Helix-Helix Transition)。このポリマーは熱刺激ではラセミ化せず、光によってのみラセミ体へと変化します。
この変化のきっかけと考えられるのが、ビアリール構造(ビフェニルなど)の「ねじれ型-平面型転移」です。ビフェニルなどの化合物は、光を当てる前
の基底状態では二面角15-30o程度の「ねじれ型」構造を持ちますが、光を当てて励起すると、励起状態ではねじれが解消され二つ
のフェニル基が一つの平面状にある「平面型」構造へと変化します。poly(BBPFA)の側鎖には、ビフェニル型残基が二つあり、これらが「ねじれ型-
平面型転移」を起こし、この構造転移がらせん全体に伝わってらせんが反転します。ビフェニル型化合物の「ねじれ型-平面型転移」は極小さな規模の立体構造
転移ですが、これが、らせん側鎖に集積された状態でおきることにより、らせんの反転という大きな構造転移へと増幅されます。
光で構造を変える分子としてはアゾベンゼン等が古くから知られています。これに対して、私達は、より単純な、ビフェニルを含むビアリール構造の光構造転移
に着目し、種々の高分子の光による構造制御に取り組んでいます。光により構造を変える高分子は、光スイッチング技術、光メモリー技術への応用が期待されて
います。
光による興味深い構造変化のもうひとつの例として、光で瞬時に分解するらせん高分子を紹介します。上で述べたpoly(BBPFA)にメチル基を一 つ加えた形の、一方向巻きのらせん構造を有するpoly(BBPMFA)は、光照射により0.5秒以内に完全に分解しキラルな構造の情報を失います。これ は化学刺激による分解反応の数千倍の速さであり、世界で最も高速な高分子反応と考えられています。この物質は、キラル構造に情報を書き込み、光で情報を読 み出すと同時に完全に情報媒体を消去できる、高度セキュリティー型情報システム(secure memory system)として利用できるのではないかと考えています。
6.円偏光を用いた光学活性高分子の不斉合成
キラル高分子はこれまで主に不斉触媒を用いた不斉重合反応により作られてきました。しかし重合触媒として使われる金属種
とキラル配位子には高価なものもあり、加えて、不斉重合反応は複雑な実験操作・厳密な反応条件管理を必要とすることが多く、多大なコストとエネルギーを必
要とします。当研究室では、より簡便で環境に優しく省エネルギーな合成法として、「円偏光を究極のグリーン不
斉源とする不斉合成」の開発に取り組んでいます。最終目標は、太陽光を利用した様々な光学活性高分子の合成法を確立することです。
円偏光はキラルな光で、右円偏光と左円偏光は右巻きと左巻きのらせんのように対称な関係にあります。通常の光(非偏光)は右円偏光と左円偏光が同じ強さで
混ざったものですが、偏光素子を用いると左右円偏光を分離することができます。一方の円偏光だけをとりだして不斉源として用い、光学活性化合物をつくるの
が「光不斉合成」です。しかし、一般に光不斉合成の選択率は低く、一部の特殊な基質を用いた反応例以外では極
めて低い光学純度しか達成できないと考えられています。これに対し、私達は、高
分子に特有の協同効果を利用し、これまでにない高効率な光不斉合成により光学活性な高分子を合成することに初めて成功し
ました。
7.光学活性な3次元ネットワーク高分子(架橋ゲル)
1,2で述べたのは直鎖型のキラル(らせん)高分子でしたが、3次元ネットワーク型の高分子に対してもキラリティーの導入に成功しています。3次元
ネットワーク高分子(架橋ゲル)の代表例はゴムであり、高分子鎖と高分子鎖が架橋点で繋がっていて、全体として大きな巨視的なサイズの分子を形成している
といえます。
私達は、1,2で述べたらせん状の直鎖高分子を鋳型(キラルな型)として用いてゲルを合成し、合成が完了した段階でらせん状の鋳型をとり除く手法によっ
て、らせん型の孔の空いたゲルを合成しています。こうして得られるゲルは、鋳型に使ったらせんの形を記憶しており、らせん高分子によく似たキラル物性を示
します。直鎖上のらせん高分子には、分解しやすいなどの問題点が発生することがありますが、キラル情報だけを丈夫なゲルに写し取ることにより、強靭な化学
構造をもつキラル材料を得ることが出来ます。
8.研究課題
- 課題
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9.研究課題
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